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共感と同感の境界線

自分の人生観。押し付けたりはしませぬ。

努力を見せたがらない人は成功のイメージに酔いしれすぎかも

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努力することは素晴らしいことだと思います。

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報われない努力というものもあるかも知れませんが、努力することに意味や価値があります。頑張っている姿を評価されると、モチベーションもあがり、相乗効果が生まれ、更なる努力に励むことができるものだと思います。


しかし、そんな努力している一面を必要以上に隠したがる人もいます。

 

結果が出せなかったときの反動が大きい

この感情がすべての根源なんですよね。そう言い切ってしまうのは、昔、僕自身がそうだったからです。努力している過程では、良い結果をイメージして、上機嫌なときがあります。このイメージってとても大事なことだと思います。スキルを身につけ、成功している未来の自分をイメージし、その理想に一歩でも近づけるように努力する。イメージは、パワーの源と言えるでしょう。

しかし、そのイメージばかりに酔いしれていると、思うような結果が出せなかったとき、必要以上のダメージを受けてしまいます。そうなってしまうと、自己嫌悪に陥り、その失敗を活かそうという考えには到底たどり着くことができなくなってしまいます。

1つのことに対し、たった1回の努力で、終了してしまうのです。

 

失敗することは恥ずかしいという間違った思い込み

努力したのに、良い結果が出せなかった。それはつまり、自分に才能がなく、もともと持ち合わせている能力が低いせいだ・・・と、決めつけてしまう。

"こんなダメな自分なんか他人に見られたくない・・!"

失敗すればするほど、そういった思いが強くなり、いつしか、努力している姿を他人に見られたくないようになります。

影で努力して、失敗したら、"本気で取り組んでなかったから"という言い訳が成り立ちますからね・・。

人知れず努力するのと、努力を見せたくないのは、大きな差がありますね。

 

劣等感が邪魔をする

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人は、他人のいいとこばかり目についてしまうものです。隣の芝生は青いってやつですね。他の人の成功している姿と、失敗した自分の姿を照らし合わせ、劣等感を感じてしまいます。この劣等感という邪魔な感情が強く働き、結果、失敗することは、惨めで恥ずかしいという身勝手な結論に至ってしまいます。


ほんと身勝手もいいところです。成功した人のほとんどは、それなりの努力をしています。それなのに、成功する人はもともと才能があるから、自分には才能がないから無理なんだ・・と、決めつけてしまいます。その思いがどんどん悪い方へ向かってしまい、最終的には努力すらしなくなります。

それがなにより恥ずかしいことだというのに・・。

 

努力して失敗することは恥ずべきことではない

むしろ努力して、ステージに立つその姿勢はとても立派です。失敗したことに重点を置くのも必要なことですが、そこに劣等感という感情は必要ないです。そもそも他人にどう思われようが関係ないです。優劣を着けるならば、過去の自分と今の自分を対象にしましょう。

 

 


時折、"才能がある人が努力をするから成功する"という意見も耳にしますが、僕はその観点からして間違っていると思います。"努力とは才能を引き出すもの"なのだと思います。


才能とは、必ずしも始めから備わっているものではないと思います。